2008年01月27日

なぜフツーに「サッカー」をやらない?(日本代表 0-0 チリU-24代表)

「接近・展開・連続」

岡田武史新監督がやりたいと思うサッカーの
キャッチフレーズだ。

試合開始早々、1度だけ巻まで繋がったが、
その後は接近するたびに
相手にボールを奪われることの繰り返し。

プレスをかけるのかどうかも曖昧、
チームとしての意図も感じられないまま
時間が過ぎていく。

大久保を入れて「接近」を省いて速い展開を
狙い始めてからチャンスを再三作ったが、
「大久保に流経柏の大前君の落ち着きがあればなあ」
と思わせられてスコアレスドローで初戦が終わった。


「偉大な指導者」と岡田監督自身がいう
オシムさんの後をうけて、監督自身に
「自分のサッカー」を表現したいという
ある種の「力み」が感じられる。

オシムさんが日本人に教えてくれようとしたことが
全く解ってないね。

「オシムのサッカー」ってなモノは存在しないのだ。
そこには相手のゴールにボールを入れる、
相手にはそれをさせないようにする
ただ「サッカー」というモノが存在するだけ。

そのために今いる選手たちにとって
ベストなやり方を行うことのみだ。
それは相手がいることなので、
いつも同じとは限らない。

ピッチにいる選手たちが状況を見て
自分で素早く判断することの重要性を
教えてもらったんじゃないのか。

確かに日本人(監督)は「戦法」好きなところがあるし、
選手たちは監督に気に入られようともするし
言われた事をやるだけの方が楽なのだろう。

しかし「戦法」というのは相手に対応されれば
「相手の思う壷」にはまるだけ。
今回は「戦法」の熟成もできないまま
試すことすら出来なかったから、
「戦法」自体に引導を渡されたわけではない。

でも、戦法にこだわるのは時間の無駄だと思う。

1対1でどんな相手でも抜ける選手がいるわけでもなく
1対1でどんな相手も止められる選手がいるわけでもない。

コンセプトはコンタクトプレーを減らして
攻めるときには人数をかけ、
人もボールも動くサッカー。

それに人数をかけるのは、中盤で相手を抜く場所より
相手のゴールに近いところである方が効率が良い。

ゲーム中に考え、意思統一をするのに
時間が稼げる大きなサイドチェンジを
した方が良い。

フツーに考えればこうなるだろう。

そこに「戦法」は要らない。
欲しいのは状況や局面でのアイデアと判断力だ。
フリーランニングでプレーの選択肢を増やし、
相手のディフェンダーの対応を見て
その逆をとって崩す。

これから熟成させていくところで
何故わざわざ変える必要がある?

そんなところに拘るヒマがあるのなら、
シュートを撃つべき時に
落ち着いて撃てるようにするところに
日本人による日本人のサッカーの向上を見せてくれ。

こんな「知性を感じない」サッカーを
オシムさんに見せるのかと思うと
スタジアムでまた倒れないかと心配だ。


posted by ばかぼん父 at 09:56| Comment(0) | TrackBack(0) | オシムの追っかけ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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