2007年06月29日

阪神の選手に覇気がないように見える「わけ」

今季の阪神の成績は、一昨年に優勝、昨年も2位だったとは、
とても思えない借金8。
しかし、試合に負ける事よりも、大きな問題なのは、
ダルビッシュに言われるまでもなく
今季は選手から「やる気」や「覇気」すら感じられない事だ。

これは「現首脳陣では『やる気』にならんと、選手が考えているため」と、
私なら書くと思われるかも知れないが(^^;)、けっしてそうではない。

根拠は、たとえ選手が首脳陣に不満があったとしても、
プロ野球の選手なのだから、ファンにわざと「覇気」のないプレーを
見せるはずがないからだ。(注)

注記:なーんてエラそうに書いたのは、選手がフテ腐れている可能性よりも、
もっと尤もらしい理由が見つかったという筆者の自信の表れ(^^;)。
わたしが、サッカーにしろ、野球にしろ、観るプロポーツに求めるのは、
「チームの意図」や「瞬時の判断」を行った結果が、プレーを通して
観客に伝わる事。

言い換えれば、「考えなし」なプレーが嫌いということだ。
私が岡田阪神を見ていて2005年は「違和感」だったものが、
2006年は「怒り」に変わり、今年はもう通り越して
シラケてしまっている。

「じゃあ、見なきゃいいだろ!」とお怒りのあなた、
正直に自分の心を向き合いましょう。
「阪神」がじゃなくて、「今の阪神の野球」が本当に好きですか?

まるで宗教のように「阪神なら何でもOK」と考えるなら、
「ご本尊」は神格化されていた方がよろしいでしょうから、
ここで読むのを止めて下さい。

この記事は、阪神ファンでありながら、野球ファンでもある方や、
今季の阪神はなんでアカンのやろ?という疑問を解きたい気持ちが
ある人を対象にしたもの。
また、こんなチームにしてしまった首脳陣を責めるような、
嫌な気分になるだけで無意味なこと書くのではなく、
純粋に「なぜこうなったのか」、「何が一番必要だったのか」
についての仮説のみを書くのでご安心を(って、何がだろう^^;)。

【なぜ、覇気がないように見えるのか?】

最近のだけの試合を取り上げても、マリスタでの、自分の打った打球が
ファールグランドで、まだ動いているのに自分で拾ってしまった関本。
内野フライでハーフウエイから逡巡しながら2塁へ走った秀太。
甲子園のダルビッシュから4点をとってリードしていた試合、
JFKを6回から投入する予定の1点リード1死2塁の5回、
打てそうになかった鶴岡が次の打者だったのに、金子のショートゴロを
アウトにできなくても飛び込んで止める判断ができなかった鳥谷。

「ははは、アホやなあ。でもそんなところが可愛いんや」と思う
気持ちはコレっぽっちもない。かといって選手を責める気もない。

普通に考えたって、関本や秀太がルールを知らないわけは無いし、
「そのままで捕れると思った」鳥谷も、後で考えれば判断ミスだったと
解っているからね。

これらの事象から明らかになったのは、
「試合中の選手の判断力が極端に低下している」という事実。
昨年度も「考えなし」と阪神の走塁を酷評したが、進歩どころか
年々悪化している。

チーム全体の判断力が低下すると傍からはどう見えるか?

そのヒントになるのが、私が愛読している西部謙司氏のコラムだ。
ジェフ千葉の守りの柱、イリヤ・ストヤノフ選手が
ゲーム形式の練習ばかりを行い、戦術練習をやらないアマル監督を
痛烈に批判し(アホ呼ばわり^^;)、退団の方向へ進んでいるのだが(>_<)
その戦術練習の意義について、西部氏は、
試合で行われる、あるいはチームとして行いたいプレーを試合の中から部分的に抽出し、集中的に訓練するのが戦術練習だ。トレーニングの条件(広さや人数、タッチ数など)を設けることで、効率を上げることができる。戦術練習は、実際の試合よりも条件が厳しい場合もあり、選手には集中力が要求される。肉体的にではなく、精神的に、脳が疲労するような練習だ。ところが、戦術練習での精神的疲労は、逆に試合での精神疲労を軽減する。戦術練習によって、似た場面が試合で起きた場合の反応は早くなるのだ。戦術練習で精神疲労を経験すると、逆に試合での判断や動きは研ぎ澄まされてシャープになっていく。例えば、グラウンドを何十周も走るという練習は、肉体的に疲労するが精神的(脳の)疲労はない。走らされているという感覚での疲労感はあるが、それは戦術練習で感じる精神疲労とは全く別のものである。

 試合から何を抽出するか、それをいつやるか、どう組み合わせるかなど、戦術練習の中身は監督の腕次第だが、とりあえず内容はさておくとしても、「戦術練習が少ない」と選手が感じるのであれば、メンテナンスが十分ではないということだ。メンテナンスをしないと、ゲームを構成している局面の動きに鋭さがなくなっていく。見た目、動きが鈍いとか、プレーのつながりが悪い、体が重いという状態が出てくる。実際には体が重いのではなく、判断がさび付いているのだ
と説明している。
サッカーと野球の違いはあれども、チーム競技ならなんでも
「考え」「判断し」「意思疎通」することが重要なことは共通だ。

特に最後の部分の、「見た目、動きが鈍いとか、プレーのつながりが
悪い、身体が重そうに見える状態、判断がさび付いている状態」
これを一言で言えば、「覇気がない」ということになるでしょ。
これを読んだ時、阪神の選手のこと?って思ったもの。

では、野球における戦術練習とはなんだろう?

「ケースバッティング」や様々な場面に応じた走塁と守備の練習が
あたるのではないか。

ケースバッティングと聞くと、バントや進塁打だけをイメージする
かも知れないが、それだけではない。
バントや進塁打をやらないレッドソックス(昨日の試合でルーゴが
バントして驚いたなあ。マリナーズも慌ててエラーしたもの)だって、
ビハインドゲームでは、各バッターが振り回すのを止め、
センターから逆方向へ打って、ヒットを繋げようとする。

交流戦の最後の試合、読売が6点差の9回に楽天福盛を攻めたのも、
単打をつないでいたのと同じ。これもケースバッティング。

もちろん「小技」を含めた、様々な技術を高める練習も必要なのだが
複雑な場面を想定した練習は、近頃はやりの「脳トレ」の意味もある
ということだ。

オシム(父)は、日本代表の合宿で、頭を使う練習をさせて選手を
刺激している。
結局、判断するスピード、自分で状況判断するような
「考えること」の能力があって初めて「プロ」らしいプレーが可能となる。
そして、判断力も身体と同じように、トレーニングしなければ、
衰えるものだということ。

若松氏ら、評論家各氏も、阪神のキャンプにおいて、
この手の応用練習が不足している事を指摘していたし、
奇しくも1軍メンバー選考のために紅白戦ばかりやっていたことも、
ジェフ千葉のアマル監督の手法と重なる。そして今季の成績もね。

多分、阪神は、複雑な場面を想定した練習で判断スピードを
鍛える必要性に気がついていないまま、
細かな野球は「制限をかけない打撃」で凌駕できるとだけ考えて
ここ数年、キャンプを過ごして来たのだと思われる。

だから、見ていて年々野球が下手になっていると感じるし、
あきれるような凡プレーが年々増加傾向にある。

阪神の凋落の具体的な原因について、この説明がついたことで、
私自身はストンと納得できたのだが、いかがだろうか?(^^;)

となれば、解決策も簡単だ。
レッドソックスのように打ちまくるスタイルを目指すにしても、
日本ハムのようなソツのない野球を目指すにしても、
複雑な様々な場面を想定した、走塁や守備のフォーメーションや
ケースバッティングの練習を増やし、
選手達に考えさせ、判断スピードを上げるようなトレーニングを
すれば良いだけ。

このような練習を積むことは、例えばバントにしても、
攻撃のリズムを作るために、1発で決める場合もあれば、
あわよくばカウントを有利にして、エンドランや四球を
とりに行きたい場合といった、チーム戦術としての
「意思統一」ができる効果も期待できる。

本来、奥が深い「野球」というスポーツを、無理に「単純化」しよう
とした、ムチャクチャ、いや、大いなる実験は、
選手の判断力の低下という思わぬ?副作用を引き起こしたというのが、
今の阪神の現状。

このままでは、セ・リーグの中からも落ちこぼれてしまいそう。
・・・・というのは書かない約束だったね。(^^;)
posted by ばかぼん父 at 05:36| Comment(4) | TrackBack(0) | 阪神タイガース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今まで自分がもやもやとしていたものをスッキリさせてくださってありがとうございました。

ということで、自ブログのエントリーでも引用させていただきました。
Posted by スーパーサウスポーあさちゃん。 at 2007年06月30日 08:04
to スーパーサウスポーあさちゃんさま

コメントならびにご紹介ありがとうございます。

私は、なぜ岡田さんと相性が悪いのかが、わかってスッキリ。
球団にもフツーの野球の素晴らしさに気づいてもらいたいものです。(^^;)
Posted by ばかぼん父 at 2007年06月30日 09:30
通りすがりのもので失礼します。
実に興味深い内容です。
では、なぜ岡田監督はそういうことをしないのか。
ここをもう一歩踏み込んで分析があると、ものすごく価値のある記事になると思います。
Posted by とおりすがり at 2007年06月30日 18:32
to とおりすがりさま

コメントありがとうございます。
記事を褒めていただき、嬉しいです。

「なせ岡田監督はそういうことをしないのか?」の
もう一歩の分析って、私にストヤノフ発言をしろと?(^^;)

岡田さんはもう4年目、「こういう人」なのは、周りも任命権者も解っているはず。
しかしあえて、全く向いていない「監督という仕事」をやらせているのは、
「かなづち」をムリヤリ水泳大会に出しているみたいなものです。

「球団がわかってやっているのか?」と考えると、
余計「哀しく」なるだけじゃないですか?

だから「謎解き」と、
「奥が深い野球」の方が、見る方にとっても、やる選手にとっても
「面白い」し、結果も優れているところまで言えれば
(私には)充分なのです。m(_._)m
Posted by ばかぼん父 at 2007年07月01日 10:03
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