2011年05月07日

「走る野球」で阪急に勝つ(阪急B 3-5 千葉ロッテM)

阪急ブレーブス 3-5 千葉ロッテマリーンズ

昔の事だが、私が通っていた西宮市の高台にある高校からは
西宮球場と甲子園球場のナイター照明が良く見えた。

当時、阪急ブレーブスは強かったなあ。
弱い阪神のファンでありながら、山口高志投手の
マンションまで押し掛けてサインをもらった事がある。


しかし時は流れて、阪急はオリックスに売却され、
ついには、近鉄と合併し、えり抜きの選手達で、
オリックスバファローズ、あまった選手達を中心に、
東北楽天ゴールデンイーグルスが誕生した。

読売の放映権にぶら下がるための1リーグ構想に向けて、
2球団を1つにまとめる計画が、選手会と世論により
12球団維持に変わっても、そのまま合併したのだ。

オリックスは、阪急のみならず近鉄のオールド
ユニフォームシリーズもやるようで、
両球団の流れを組む球団という立ち場でいくようだね。

今となってみれば、球団合併は、プロ野球がゴタゴタした
歴史の1ページであるのと同時に、
パリーグが地域密着を目指し、読売に頼る「道」ではなく、
自立を目指すしかなくなったターニングポイントでもあった。

今のパリーグの隆盛(というほどではないが^^;)で、
歴史の汚点というより、「そんなこともあったよね」と、
普通に振り返ることが、できるようになったのかな。


この日、オリックスは、阪急ブレーブスのユニフォームの
着用のみならず、電光掲示板には阪急の文字、
ほっともっと神戸の芝には、Braves のかっこいいロゴと、
球場ぐるみで阪急をフューチャーした。

しかし試合で福本、簑田らのいた当時の阪急の強さを見せたのは、
Y岡田の守備であり、千葉ロッテの走る野球だった(かな?^^;)


まず3回、二死2塁に鈍足(^^;)今岡を置き、
前進守備のセンター坂口の前に荻野貴司がヒット。

千葉マリンで伊志嶺を刺した坂口の肩との勝負だったが、
返球がやや1塁側に逸れ、滑り込む今岡の足へ、
飛びつく捕手伊藤のタッチが届かずホームイン!!

立ち上がって、自らセーフのポーズをとる、
嬉しそうなマコちゃん。

球場が天然芝の分打球が遅くなった事、
二死という状況であったとはいえ、
果敢に突っ込ませた判断と、それに応えて良く走った
「今岡の足」で先制点をもぎ取った。

1−1の同点にされて迎えた5回表、
四球、バント、内野安打の一死1、3塁とし、
一走Y岡田、打者走者荻野なら併殺は崩せると思うのだが
オリックスは併殺シフトを取った。

このチャンスで荻野の打球は緩いショートゴロ。
しかし、大引の送球を受けたセカンドの足が離れてセーフ。
三走今岡がホームインし、1、2塁にY岡田、荻野が
ランナーとして残った。

ここで井口がレフト線へ2ベース!
低い姿勢で、ギューンと走る2人のランナーが、
相次いでホームへ還って来て、4−1。

物理的に圧倒的に速ぇ〜スピード。
タイミングもセーフだったが、中継した大引の
送球を捕手が捕れない間に、井口は3塁へ進んだ。

抹消されたサブローに代って4番に復帰した金泰均は、
ここまでサッパリだったが、流れに乗ってタイムリー!

終ってみれば貴重だった、5点目をたたき出してくれた。

マーフィーは「立ち上がりの悪さ」を克服したようで、
この日も安定していたのだが、6回裏に急に崩れた。

ヒット、四球から3番バルディリスの外野フライで
ランナーが進み、4番T岡田に2点タイムリー2ベースを
浴びて、伊藤君に交代となった。

この後は、お互いのリリーフ投手達が踏ん張って、
サクサクモードのまま5−3で勝つことができた。

明日の西がオリックスの中では難敵なだけに、
この試合を勝てたのは、ホッとしたね。


古巣相手に気持ちの入った投球が期待される光原にとって、
おそらく、これがラストチャンスだろう。

光原は「自分のために」必死で投げることだ。
西を打って援護しよう。

がんばろう!日本。
マリーンズ、ファイティン!!

posted by ばかぼん父 at 18:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 千葉ロッテマリーンズ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。