2009年03月27日

はたして、原辰徳日本代表監督はホントに良かったのか?

日本中が「おめでとう」「よくやった」ムードの中、
原監督自身、Japan卒業宣言をし、
レギュラーシーズン
へ切り替えている中、
はなはだKYなのは、よくわかっている。

しか〜し、帰国記者会見のスピーチの「侍」論と、
スポーツ報知で今日から5回にわたって、
連載されるという「侍V2 WBC激闘の真実」の
厚顔無知なマンセーぶりに、うんざりさせられたので、
今回の私なりの感想を書いておこうという気になった。


[侍Japanというネーミング]

そこからかい?(^^;)と思われるかもしれないが、
米国での記者会見でイチローが「ハードル」だったと、
勝ったから言えたのだが、
選手に余計なプレッシャーを与えるようなものだった。

折角、アメリカではイチローが「侍」というネーミングについて
チクリとしつつ、楽しい雰囲気を作ったのに、
帰国記者会見でわざわざまた、「侍」をもちだし、
そのオチが「髪の毛の色が黒くなり・・・」って
言われたのにはズッこけた。
一言で言えば「幼稚」さをアピールしただけだった。

[絞った、そして11球団満遍なくという選手選考]

原さんの「侍」観でいけば、西岡は一生呼ばれない(^^;)。
西岡だけじゃなく、最初から招集メンバーを
かなり絞ったことに、今回の特徴が有る。
それは、選手達が「選ばれるもの」と自覚を持って準備をし、
体調面での仕上がりが早いというメリットがあった。
しかし、それは怪我人が出なければの話。

私は小笠原も岩村もサードを守るものと思っていたが、
小笠原はファースト、岩村はセカンドに固定し、
サードしかやったことがない村田をファーストにもいれ、
片岡や川崎をサードにも入れた。
村田が故障したとき、当然、パのHR王、西武のおかわり君を
招集(っていうか、最初から呼んでいてもおかしくない)するかと
思いきや、中村剛也は1次メンバーにも入ってない。
つまり、野球の実力ではなく、政治的な、御しやすい?
「お好みの」メンバー選考だったということだ。

[采配]

これについては、何度もいろいろ書いているので一言だけ。
原さんはルンバではなく、
(伊東コーチも)かなり「怖がり」だということだ。
MLB選手に頼り、エンドランにしても、おそらく事前の偵察により、
捕手の配球が読めてからサインを出していたのだろう。

投手の交代も信頼のある投手に頼り、
ちょっと結果が悪ければ出番を与えなくなる。
ようするに
「安全運転」采配なのだ。
(つまり私の好みではないということ^^;)

決勝の9回裏、韓国にあと1本でていればサヨナラ負けだった。

韓国は今回、左の2枚のエースが不調で(研究の成果で?)
ほとんど戦力になっていない。
一方、日本は特徴のある投手達を沢山連れて行きながら
使う事が出来ずに、余して互角の試合となった。

韓国の金寅植監督は決勝戦に敗れた翌24日朝に、林昌勇の起用法について「林昌勇は日本に帰ってまた投げなければならない。ところが決勝戦は球数(47球)が多かった。林昌勇には高田監督に“私が申し訳ないことをした”と伝えるよう申し付けておいた」
キチンと気配りのできる素晴らしい監督さんだなあ。
試合の流れを読み、少ない戦力をフルに使って、
巨大戦力の日本と五分に、いやそれ以上に戦った。
なんといっても、采配の「意図」が見え、積極的に
試合を動かす「思い切り」も大変気持ちがよい。

もし、サヨナラ打が出て優勝できなかったら、敗因は「監督の差」で、
「格差のセ」で戦力差に物をいわせる野球しかしてないからだ
という結論を用意していたのだが・・・・


皆さん、そうならなくて、良かったね。(^_^)

韓国と5回もやったお蔭で、スカウティングが間に合い、
結局、最後は「戦力差」の勝負になった。

日本の優勝は、日韓で5回も試合をする、変な組み合わせルールと、
韓国のおこちゃまプレーヤーが、旗をマウンドに立ててくれたことが、
大きな勝因であっただけではないだろうか。



posted by ばかぼん父 at 20:06| Comment(0) | TrackBack(0) | WBC・野球代表戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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