2009年01月28日

メディア・リテラシーを考える(序論)

インターネットが普及し、誰でも発信できるようになったことで
様々な情報が溢れる時代となっている。
そこで重要になるのがメディア・リテラシーだ。
メディア・リテラシー: media literacy)とは、情報メディアを主体的に読み解いて、必要な情報を引き出し、そのを見抜き、活用する能力のこと。「情報を評価・識別する能力」とも言える。ただし「情報を処理する能力」や「情報を発信する能力」をメディア・リテラシーと呼んでいる場合もある。
このように言葉の定義を引用するのにWikiを活用するのは、
多くの人が編集可能な立場で閲覧できることで
真偽については、それなりのチェック機構が働いていると考えられ、
このようにブログから簡単にリンクをはれることで、
出典を明らかにしやすいからだ。(責任転嫁ともいう^^;)
このように情報の受け手側(この場合私)が情報について評価し
活用することがメディア・リテラシーの一例と言える。

一方日常でメディア・リテラシーの能力としてクローズアップされるのは、
TVや新聞のみならず、ネットのブログや掲示板等から発信されている
あまたの情報の真偽を見抜く力といえるかもしれない。


数年前「あるある大事典」のようなエセ科学番組に踊らされて
スーパーから特定の品物が売り切れたりしていたのは、
明らかに世間にメディア・リテラシー能力が低い人が多いことを
あらわしている。

でもこれって無理はないのだ。

なぜなら、日本の教育が長い間、
「社会の忠実な歯車となれ」
「お上の言うとおりに文句を言わずに働け」であり、
「え?それっておかしくないですか?」と言おうものなら
{ええい、うるさい!黙って働け!!」といわれるのがオチだった。
しかし、その方針が高度成長期とマッチして、

日本は大きな発展をとげてきたのも事実だ。


これまで『疑問を持たずに、受け入れること』が美徳?であったのに
ここへきて「自分自身の責任で情報を判断する時代です」って
いわれてもなあ、とは思う。

スポーツに関することがちっともでないまま、長くなってきました。
次回はスポーツ新聞の記事へ対応について書こうと思います。
(つづく)


posted by ばかぼん父 at 12:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会の勉強 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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