2008年10月14日

「岡田阪神と私」 岡田監督辞任の報に寄せて(前編)

どうやら阪神の岡田監督が辞めるらしい。
もうこんな機会もないだろうから、私なりの岡田阪神への想いを書いておきたい。

私は今でこそ地元マリーンズファンだが、数年前までバリバリの阪神ファンだった。
千葉へ来て結婚した当初、かみさんが、
景品につられて読売新聞と契約したことがあった。

帰宅後、私は妻に景品をもたせて契約解除にいかせた。

「ウチの主人は阪神ファンで読売新聞には一銭も儲けさせたくないと言うの」
この話はかみさんが未だに新聞勧誘撃退に使っているらしい。


ゴールデンウイークを過ぎ、梅雨の頃にはシーズンが終わるような時代も、
なんの疑問も無く阪神ファンでいつづけた。
「黄色と黒のシマシマの血が流れている」としか思えなかったのに、
阪神ファンをやめられるなんて、自分が一番驚いたものだ。

そのキッカケをくれたのが岡田監督だった。

2005年に優勝した当時の岡田阪神は衝撃的だった。
7回に最強のリリーフである藤川を使うという革新的な戦法と、
金本がノムさんに語ったところによれば「サインのない野球」で優勝したのだ。
あとでみれば最強のリリーフとして藤川を7回に使ったのではなく、
クローザー久保田を固定していたということだったようだが、
「サインのない野球」つまり何のサインもでない野球は革命的だったと思う。
ちなみにバントをして欲しい状況では言葉で伝えていたらしい。

これで勝ち進み、優勝までするのだから、当時は阪神ファンだったのだが、
自分の「野球観」を根底から否定されているようで(^^;)、
贔屓チームが勝っているのに、とても据わりが悪かった。

「岡田監督のこんな野球で優勝したらまずいだろ」と思いながらも、
優勝間際になると「ここまできたら勝たせてやりたい」という気持ちとの
バランスをとるのが、とても難しかったことを覚えている。

しかし、全試合の映像が再生しやすいDVDとして手に入る世の中、
千葉ロッテに各選手の特徴を丸裸にされた阪神は、この年の日本シリーズで
まさに「なす術無く」4試合トータル33-4の大惨敗を喫した。

この「なす術無く」というのが、私の中で彼の監督としての評価が、
「革命的」から「偶々運が良かっただけのおっさん」に急落させた。

このお蔭で私は自分のアイデンティティを取り戻せたと言える(^^;)。
私の好きな野球は、「煩わしいことを排除し、ノビノビやれば良い」だけの単純な競技ではなく、
高度なメンタルスポーツでもあることを私自身が理解しはじめるキッカケともなった。

「岡田阪神と私」 岡田監督辞任の報に寄せて(中?編)
へつづく



posted by ばかぼん父 at 12:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 阪神タイガース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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